監督の言葉
ニューヨーク在住の作家リリー・ブレットは、私の故郷であるバイエルン州の南ドイツから車で20分のところにある、フェルダフィングのDPキャンプで生まれました。そこは、アウシュヴィッツ=ビルケナウやダッハウの死の収容所から米軍によって避難させられたポーランドやハンガリーのユダヤ人たちが集められた場所であり、リリー・ブレットの両親がアウシュヴィッツの門で引き離された後、再会を果たした場所でもあります。私は16歳の誕生日に母からリリーの本を贈られ、初めて彼女の作品を読みました。母自身もリリーと同じくホロコーストの生存者の娘であり、リリーが作品に描くことで声を与えた“第二世代”でした。
リリー・ブレットの小説『Too Many
Men』を映画化した私たちの作品は、まったく異なる父と娘の“愛の物語”に焦点を当てています。ホロコーストの生存者であるエデク・ロスワックスは、力強く、楽観主義で、思いやりがあり、出会う人すべてと友達になります。しかし、彼の娘であり、私たちの物語の主人公であるルーシーは、両親のトラウマを抱え、家族が命を落とした地であるポーランドに対して怒りと苦々しさを抱いています。
このほろ苦い物語は、リリー・ブレットの小説の軽妙でユーモラスなトーンで語られていますが、登場人物たちが抱える深い痛みは隠すことなく描かれています。
映画の舞台は1991年。鉄のカーテンが崩壊した直後のポーランドが背景です。世界中、特にアメリカから多くのユダヤ人が東欧を訪れ、家族が遺したものを探る旅に出ました。ルーシーもその一人です。最初は父親の同行を煩わしく感じますが、旅を通じて彼女は父親を理解し、自己理解と世代を超えて受け継がれるトラウマへの洞察を深めていきます。
私は、レナ・ダナムとスティーヴン・フライがルーシーとエデク・ロスワックスを演じてくれることに大いに喜びを感じています。彼らは国際的なスターであるだけでなく、物語との個人的なつながりも深いのです。二人の家族はユダヤ系で、東欧にルーツを持っています。さらにスティーヴンは、ルーシーと同様の旅を実際に経験しています。そして二人とも、悲劇と喜劇を自然に融合させる一流の俳優なのです。
── ユリア・フォン・ハインツ
historical background歴史背景
第二次大戦後ソ連の強い影響下に置かれたポーランドは、いわゆる「鉄のカーテン」の東側、共産圏に組み込まれた。その後1989年のポーランド円卓会議と部分自由選挙によって、共産党政権が事実上崩壊。1991年、ポーランドでは初の完全な自由選挙が実施された。これにより旧共産主義勢力に代わる多くの新党が登場し、多党制民主主義が本格的にスタートした。経済的にも急進的な市場経済化が1990年に導入され、インフレや失業が急増、経済的困難に直面していたが民間経済は徐々に成長した。また、ワルシャワ条約機構(冷戦における旧東側の軍事同盟)からの脱退が進行中で、西側諸国との関係が強化され、欧州連合(EU)への加盟が視野に入り始めていた。※2004年に加盟
本作品の舞台である1991年という時代はポーランドという国にとって、政治的自由化と経済改革が同時進行する激動の時代で、新しい民主国家としての土台を築いていた時代であった。経済的不安が広がっており、格差や不満が増加し多くの人々が旧体制への郷愁と新体制への期待の間で揺れていたと言える。
またアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所は1979年に世界遺産に認定されており、1980~90年代は、冷戦の終結や国際的な教育の広がりにより、訪問者が増加した時代でもある。様々な理由から再訪が難しかったホロコーストの生存者たちも訪れるようになった。現在は生存者の高齢化が進み、第二世代・第三世代の来訪が中心となっている。