レナ・ダナム、スティーブン・フライ
第74回ベルリン国際映画祭ベルリン・スペシャル・ガラ出品、トライベッカ映画祭2024インターナショナル・ナラティブ・コンペティション出品

映画『旅の終わりのたからもの』公式サイト

2026年1月16日(金)公開
劇場情報

探していたのは、パパと私の心のかけら

ホロコーストを生き抜き人生を謳歌する父と、NYで成功するもどこか満たされない娘。家族の記憶に触れて、初めて知る互いの心の深い傷――。ポーランドで繰り広げられる、ちぐはぐで痛くて、心に響く旅

ムービー
    ルーシーとエデクがホテルのフロントで会話しているシーン

    イントロダクション ホロコーストが残した、父と娘の深い傷、高い心の壁──実体験を基に描かれる ちぐはぐで痛くて、忘れられない旅

    民主国家としての土台を築いていた激動の時代である1991年のポーランドを舞台に、NYで生まれ育った娘と、約50年ぶりに祖国に戻った父が繰り広げる異色のロードムービーが完成した。第74回ベルリン国際映画祭でプレミア上映され、各国のメディアらに広く感動の輪を広げたのは、全編を貫くユーモアと前向きなテーマ。全くかみ合わない父と娘が、相手の言動に容赦ない辛口のツッコミを連打し笑いを誘う珍道中かと思いきや、それぞれの心の傷にも鮮やかに光が当てられ、封印してきた過去と向き合うことで、未来へと新たな一歩を踏み出す姿が描かれる。さらに深い共感を呼んだのは、ホロコーストへの今日の問題としてのアプローチ。生存者の娘を主人公に据えて、戦争未体験の世代にも落とす影にフォーカスすることで、今を生きる私たちの物語として胸に迫る作品に仕上げることに成功した。

    ルーシーがエレベーターに乗っているシーン。笑い合っている乗り合わせた人たちと表情が固いルーシー/エデクとルーシーが見つめあって会話しているシーン

    ユニークなキャラクターを好きにならずにいられない人物へと昇華させた生き方でも広く支持される名優たち

    NYで生まれ育ち、仕事でも成功しているはずなのにどこか満たされない心を抱える主人公ルーシーを演じるのは、TVシリーズ「GIRLS/ガールズ」の製作・主演・監督・脚本を務めたレナ・ダナム。20代女性の飾らない姿を描き、“キラキラしていない「セックス・アンド・ザ・シティ」”として人気を博し、エミー賞にノミネートされ、ゴールデン・グローブ賞を受賞した。本作でも一向に効果のないダイエットに振り回され、別れた夫を忘れられず夜中に無言電話をかけてしまうなど、ダメな自分をごまかさずおとしめずまっすぐに見つめる姿が、生きづらい今の時代に日々あがく私たちの肩の力を抜いてくれる。

    ホロコーストを生き延び、今や人生を謳歌する奔放なルーシーの父・エデクには、『シャーロック・ホームズ シャドウゲーム』、『ホビット』シリーズのスティーヴン・フライ。英国の国民的俳優であると共に、作家、ジャーナリスト、コメディアン、司会者、ナレーター、映画監督としても活躍。メンタルヘルスに関する啓発や環境問題、慈善活動への貢献が認められ、ナイトの称号を授与された大物だ。自由奔放な言動で出会った人たちを魅了する陽気でチャーミングな顔と、その下に隠す激烈な痛みを体現。亡き父のコートを抱きしめるというワンカットだけで、ホロコーストの残酷さをあぶり出した。

    原作はホロコーストを生き抜いた父を持つオーストラリアの著名な作家、リリー・ブレットが実体験をもとに書き上げた小説「Too Many Men」。監督は2024年にヴェネチア映画祭審査員も務めたドイツの俊英、ユリア・フォン・ハインツ。ハインツ自身もホロコースト生存者の孫で、原作に心酔して映画化を実現させた。

    父は娘を悲しみに巻き込むことが怖かった。娘は父の苦しみを白日のもとにさらす勇気がなかった。そんな思いやりが、真の愛を遠ざけることがある。ちぐはぐで痛くて、笑いながら泣きたくなる旅のおわりに、二人が見つけた“たからもの”とは──?

    story

    ニューヨークで生まれ育ったルーシーは、ジャーナリストとして成功しているが、どこか満たされない想いを抱えていた。その心の穴を埋めるため自身のルーツを探そうと、父エデクの故郷ポーランドへと初めて旅立つ。ホロコーストを生き延び、その後決して祖国へ戻ろうとしなかった父も一緒だ。ところが、同行したエデクは娘の計画を妨害して自由気ままに振る舞い、ルーシーは爆発寸前。かつて家族が住んでいた家を訪ねても、父と娘の気持ちはすれ違うばかり。互いを理解できないままアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所を訪れた時、父の口から初めて、そこであった辛く痛ましい家族の記憶が語られるが──

    director's statemet 監督の言葉

    ニューヨーク在住の作家リリー・ブレットは、私の故郷であるバイエルン州の南ドイツから車で20分のところにある、フェルダフィングのDPキャンプで生まれました。そこは、アウシュヴィッツ=ビルケナウやダッハウの死の収容所から米軍によって避難させられたポーランドやハンガリーのユダヤ人たちが集められた場所であり、リリー・ブレットの両親がアウシュヴィッツの門で引き離された後、再会を果たした場所でもあります。私は16歳の誕生日に母からリリーの本を贈られ、初めて彼女の作品を読みました。母自身もリリーと同じくホロコーストの生存者の娘であり、リリーが作品に描くことで声を与えた“第二世代”でした。

    リリー・ブレットの小説『Too Many Men』を映画化した私たちの作品は、まったく異なる父と娘の“愛の物語”に焦点を当てています。ホロコーストの生存者であるエデク・ロスワックスは、力強く、楽観主義で、思いやりがあり、出会う人すべてと友達になります。しかし、彼の娘であり、私たちの物語の主人公であるルーシーは、両親のトラウマを抱え、家族が命を落とした地であるポーランドに対して怒りと苦々しさを抱いています。

    このほろ苦い物語は、リリー・ブレットの小説の軽妙でユーモラスなトーンで語られていますが、登場人物たちが抱える深い痛みは隠すことなく描かれています。

    アウシュビッツの廃墟を背にしたエデク 花束を持ったルーシーとエデクがある場所へ訪問している

    映画の舞台は1991年。鉄のカーテンが崩壊した直後のポーランドが背景です。世界中、特にアメリカから多くのユダヤ人が東欧を訪れ、家族が遺したものを探る旅に出ました。ルーシーもその一人です。最初は父親の同行を煩わしく感じますが、旅を通じて彼女は父親を理解し、自己理解と世代を超えて受け継がれるトラウマへの洞察を深めていきます。

    私は、レナ・ダナムとスティーヴン・フライがルーシーとエデク・ロスワックスを演じてくれることに大いに喜びを感じています。彼らは国際的なスターであるだけでなく、物語との個人的なつながりも深いのです。二人の家族はユダヤ系で、東欧にルーツを持っています。さらにスティーヴンは、ルーシーと同様の旅を実際に経験しています。そして二人とも、悲劇と喜劇を自然に融合させる一流の俳優なのです。

    ── ユリア・フォン・ハインツ

    歴史背景

    第二次大戦後ソ連の強い影響下に置かれたポーランドは、いわゆる「鉄のカーテン」の東側、共産圏に組み込まれた。その後1989年のポーランド円卓会議と部分自由選挙によって、共産党政権が事実上崩壊。1991年、ポーランドでは初の完全な自由選挙が実施された。これにより旧共産主義勢力に代わる多くの新党が登場し、多党制民主主義が本格的にスタートした。経済的にも急進的な市場経済化が1990年に導入され、インフレや失業が急増、経済的困難に直面していたが民間経済は徐々に成長した。また、ワルシャワ条約機構(冷戦における旧東側の軍事同盟)からの脱退が進行中で、西側諸国との関係が強化され、欧州連合(EU)への加盟が視野に入り始めていた。※2004年に加盟

    本作品の舞台である1991年という時代はポーランドという国にとって、政治的自由化と経済改革が同時進行する激動の時代で、新しい民主国家としての土台を築いていた時代であった。経済的不安が広がっており、格差や不満が増加し多くの人々が旧体制への郷愁と新体制への期待の間で揺れていたと言える。

    またアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所は1979年に世界遺産に認定されており、1980~90年代は、冷戦の終結や国際的な教育の広がりにより、訪問者が増加した時代でもある。様々な理由から再訪が難しかったホロコーストの生存者たちも訪れるようになった。現在は生存者の高齢化が進み、第二世代・第三世代の来訪が中心となっている。

    cast&staff